Interview

2017.12.12

FUN LIFE Vol.35 女優 遼河はるひさん


 

 

女優
遼河はるひ
1976年、愛知県生まれ。1994年に宝塚音楽学校に入学し、1996年に宝塚歌劇団に入団。月組『CAN-CAN』で初舞台を踏み、月組に配属される。2001年には宙組に組替え。2002年の『鳳凰伝』で新人公演主役を果たす。その後、ふたたび月組に組替えとなり、2007年の『HOLLYWOOD LOVER』や2008年の『グレート・ギャツビー』など、数々の重要な役を演じた。2009年の『ラスト・プレイ』『Heat on Beat!』東京宝塚劇場公演千秋楽を最後に退団。現在は女優として舞台やドラマに出演するほか、タレントとしてバラエティでも活躍している。

 

一瞬で魅了! 人生を変えた宝塚歌劇団のステージ

小さい頃から日本舞踊を習っていて、歌や踊りは大好きだったのですが、宝塚歌劇団にはもともと興味がなかったんです。「どうして女の人が男役を演じるんだろう?」って不思議に思っていました。でも高校1年生のとき、母の友人だった熱狂的な宝塚ファンの方に誘っていただき、初めて観たのが『華麗なるギャツビー』。もう一瞬で魅了されちゃって、すぐに虜に。女の人が演じるからこそ魅せられるかっこよさや色気があることを、ステージを観て理解できたんです。ちょうどその頃の私は急に背が伸びて、「この身長を何かに活かせないか?」と考えていたこともあって、そのまま勢いで「宝塚に入りたい!」ってなっちゃいました(笑)。
 でも両親は大反対。宝塚への熱い思いを手紙に書いて父親に渡すなど、必死で説得にあたりました。ただ「受からなかったらどうするんだ」という両親の心配もよく分かったので、宝塚音楽学校の受験スクールに通いながら、同時に高校の勉強も頑張りました。いま振り返ってみても、あの頃が人生で一番努力した時期だったように思います。レッスンから試験の当日まで、自分の限界ギリギリまでやりきった自信があったから、「受かっても落ちても悔いはない!」って気分でした。

 

 

華麗なるギャツビー

作家F・スコット・フィッツジェラルドの名作『グレート・ギャツビー』を、1991年に宝塚歌劇団が世界で初めてミュージカル化。名作のあまり公演終了後に再演の呼び声が高く、2008年に満を持して再演されました。

宝塚音楽学校

数多くのスターを輩出した宝塚歌劇団の団員養成所。入学試験の競争倍率が高いことでも有名で、遼河さんが入学した1994年は宝塚史上もっとも競争率が高く、なんと48.25倍!遼河さんいわく「ちょっと自慢(笑)」とのこと。

 

 

“キュンポイント”は先輩から盗んだ

頑張って合格しても宝塚音楽学校はここからがさらに大変。バレエのレッスンの後にモダンダンスをやって、それから日本舞踊…とか、もう体がいくつあっても足りないくらい(笑)。ただ大変だとは思いながらも、私の気持ちはつねに前向きでした。なぜなら「この大変なレッスンを受けたくてずっと頑張ってきた」という思いがあったから。ハードなレッスンも、上下関係の厳しさも、私にとっては新鮮な喜びでした。
 宝塚時代に努力したのは、男役ならではの”キュンポイント“の習得。いわゆる女性のハートをつかむ声や仕草、表情のつくりかたです。本物の男性の仕草も研究しましたが、一番参考になったのはやはり先輩方の演技。セクシーでかっこよくて魅力的で、キュンキュンさせられっぱなし。世の男性に教えてあげたいくらいです(笑)。

 

 

退団後、まさかのお笑い芸人事務所へ!

2008年、私が在籍していた月組でギャツビーを再演することが決まりました。私はギャツビーの友人であるニック・キャラウェイ役を演じたのですが、公演を終えたとき、「宝塚でやり残したことは無い」と思ったんです。私がタカラジェンヌとして歩み始めるきっかけとなった作品でステージに立つことができて、もう心から満足したというか。そろそろ次のステップに行きたいという思いもあり、そのタイミングで退団を決めました。
 退団後、私が次にやりたかったのは、役としてではなく、自分の言葉で発信できる仕事。つまり女優ではなくタレントだったんです。もちろんすぐにタレントとしての仕事がいただけるわけがありません。チャイルドマインダーの資格を取ってベビーシッターの仕事をしながらチャンスを待っていたところ、ご縁があって現在の事務所「人力舎」に所属することが決まりました。ちなみに人力舎は芸人さんが多く集まるプロダクション。宝塚出身者は私が初めてで、みんなに「異色すぎる!」と驚かれました(笑)。

 

 

自分の言葉

宝塚歌劇専門チャンネル『タカラヅカ・スカイ・ステージ』に出演した際、演技ではなく、自分の言葉で伝えることのおもしろさに気づいたという遼河さん。この体験をきっかけに、バラエティ番組への憧れが募っていったのだとか。

チャイルドマインダー

チャイルドマインダーとは、少人数保育のスペシャリストのこと。資格を取得するには養成講座を修了し、試験に合格する必要があります。子ども好きの遼河さんにとって、ベビーシッターの仕事は楽しい経験だったと話します。

人力舎

おぎやはぎやアンジャッシュが所属するお笑い芸人の芸能事務所。宝塚出身の遼河さんは異色の存在。最初の頃こそ周りの人に驚かれたものの、今では「あなたにピッタリの事務所ね」と言われることが増えたそうです。
 

 

大変な仕事も“まずは笑顔”で乗り切る!

最近はテレビのバラエティ番組で、芸人さんにも負けず劣らず過酷な企画に挑戦しています(笑)。ハードな海外ロケなど、「大変そう」ってしり込みしそうなことも時にはありますが、悩んでも仕方がないことは考えない。不安になる前に笑顔をつくってしまい、笑ったまま撮影に挑むと、案外楽しかったりするものです。私は風邪ひとつひいたことがない健康体なのですが、この”まずは笑顔“のスタンスが健康づくりに役立っているのだと思います。
 もう一つの健康習慣はきちんと食べること。どれだけ仕事が忙しくても3食きっちり食べます。世間では”炭水化物抜き“が流行っているようですが、私はしっかり炭水化物を食べる派。食べた方が断然パワーが出ますよ。ただ仕事で帰宅が遅くなってしまう日も多いので、そこは生活のなかでひと工夫。パッと時短料理ができるよう、仕事で夜が遅くなってもすぐに食べられるように、休みの日にまとめて調理し、フリーザーバッグに入れて冷凍保存してあります。運動は特別に何かを続けているわけではないのですが、日頃からたくさん歩くようにはしています。ヒールを履く日もカバンにスニーカーを入れておいて、いつでもすぐに走り回れるよう準備(笑)。宝塚歌劇団とお笑いプロダクション、両方から受け継いだ笑顔と体力と根性で、これからも私らしく頑張ります!

 

宝塚時代からの「快癒器」愛用者! 寝る前に体のコリをほぐしたり、移動中の車で使ったりと、毎日のケアに役立てているそう。ちなみに遼河さんは快癒器を、親しみを込めて「中山さん」と呼んでいました(笑)。

 

 

フリーザーバッグ

じつは料理本を出版するほどの腕前。刻んだ野菜や下ごしらえした肉をフリーザーバッグに入れて冷凍しておくと、時間をかけなくてもおいしい料理ができるそう。「材料が無駄なく使えてオススメです!」と遼河さん。
 

 

ネイルオイル

指先があれやすいという遼河さんのお気に入りは、いつもカバンの中に入れてあるネイルオイル。「乾燥しやすい季節はこまめに塗るようにしています」とのこと。塗る部分がボールになっているタイプだから、疲れを感じたら肩や首にもクルクル。遼河さんにとっては癒しアイテムでもあるようです。

 
 
 


<Information>

DMM Lounge『遼河はるひのココだけの話です』
アメーバブログよりもプライベート部分を充実させたコンテンツで、ここだけの遼河さんの情報を発信していきます。時には、本人から、皆様のコメントや質問に対する直接のレスポンスもあり! 遼河さんと繋がる会員制オンラインコミュニティ! サロンメンバー募集中!
https://lounge.dmm.com/detail/24/
ラウンジ会員費 5,000円 /1ヶ月

  • 気になる猫背に♪マジコ姿勢サポーター
  • 深海鮫エキスでもっと輝ける毎日へ♪マジコ スクアルーチェ
  • いつまでも若々しい美肌を目指して☆サラブレッド馬のプラセンタ♪マジコ プラセンタCLEO(クレオ)
  • こすらずに洗う新しい入浴習慣☆酵素の入浴剤♪マジコ エンザイムバスパウダー
  • スマホ首・ストレートネックにも☆首をやさしく支える♪マジコ・ラボ ネックサポーターメッシュタイプ
↑ ↑